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2017年3月16日 衆議院・安全保障委員会
横路孝弘議員(民進)の稲田朋美防衛大臣に対する質疑 文字起こし


■前半
■後半





■2017年3月16日 衆議院・安全保障委員会
横路孝弘議員(民進)の稲田朋美防衛大臣に対する質疑 文字起こし(前半)



動画URL:https://www.youtube.com/watch?v=uB4RDvB7T78&feature=youtu.be


「森友学園問題」の核心のひとつは、この「教育勅語」に象徴される「思想」にある。

現時点では、この問題はカネの授受における点では「大山鳴動……」で終わる可能性もある。
しかし教育勅語に象徴される、現内閣の中枢をも含む彼らの復古的極右思想の拡張によって、戦後民主主義の息の根を止めるという目的が彼らの「利益」だと考えれば、今回の事件はそれを達成するための「利益供与」ということになるだろう。

実はこちらの側面のほうが、個人の金銭の贈収賄・汚職よりはるかに深刻で危険だろう。
これを刑事罰に問うのは難しいのかもしれないが、内閣の中枢が極右(復古的自民族中心主義・排外主義・歴史修正主義者)であるという状況を国会は放置してはならないし、放置させてはならないだろう。

横路孝弘議員の質問は、その意味で意義深く重要で、時宜を得たものだったと思う。

【2017/3/17 記】




【以下、文字起こし】
(*一部省略しています。誤字・脱字・変換ミス等はご容赦ください。)

横路:(自作年表を示し)最初の出兵である1874年の台湾出兵から太平洋戦争が終わるまでの71年間に、日本は15回の出兵、日清、日露、日中、太平洋戦争と4回の戦争が行われています。教育勅語は1890年ですよね。

稲田大臣は教育勅語を、道義国家を目指す精神は日本として取り戻すべきだと発言・評価をされておりますが、問題は教育勅語が戦前の日本軍による戦争や侵略行為の中でどんな役割を果たしてきたか、というのが大事なんですね。

大臣は昭和の日本が軍事化を進め軍事国家となっていった中で教育勅語がどんな役割を果たしてきたとお考えでしょうか。


稲田:本件は防衛大臣の所管ではなく、お答えする立場にはありません。ただわたくしが今まで森友学園に関して国会の中で教育勅語に関して随時質問されお答えしてきたのは「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦󠄁相和シ朋友相信シ」など、今日でも通用する普遍的な内容を含んでいるということを、答弁してきたところでございます。

教育勅語を戦前のように教育の唯一の根本理念として復活させるべきとは考えておりません。


横路:自分の管轄じゃないから答弁できないというのはおかしいんで、今の自衛隊というのは戦前の日本軍の様々やった過ちや失敗を教訓として今日あるわけですよね。ですからもちろん戦前の歴史がどうなのかということは、自衛隊の責任者としてはその認識は非常に大事だと思いますよ。

教育勅語というのは治安維持法のもとで、国民教育の思想的な基礎として神聖化されていったんです。教育勅語の写しは御真影とともに奉安殿に保管されて、生徒には全文を暗唱することが強く求められたんですね。

特に1938年に国家総動員法が制定されると、その体制を正当化するために利用される形で、「軍国主義の経典」として利用されてきたんですよ。

いまお話しになった教育勅語の12の徳目の始めのほうの話は、これは当たり前の話であってですね、いつの時代でもどこでもこうであるべきだという話だと思いますよ。だからそこに特徴があるわけではなくて、問題は12番の「一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ」、ここがやはり一番のポイントでですね、そこでわざわざ御真影とともに奉安殿に保管して生徒が暗唱すると、こういうことになったわけですよ。

そう思いませんか? そのことをどう受け止められます? そういう扱いをされたということについて。


稲田:教育勅語に関してどのように解釈するかは、防衛大臣の所管ではなく、お答えは差し控えたいと思いますが、教育勅語を戦前のように教育の唯一の根本理念として復活させるべきとは考えてはおりません。


横路:戦後の教育基本法にいたる経過をご紹介したいと思いますが、昭和20年、終戦の年ですね、幣原喜重郎総理大臣の時に、文部大臣は安倍能成さんがなりました。アメリカから使節団がやってきたんですね。その時に彼(文部大臣)が、日本の教育制度の改革のためにと言って、どんなあいさつをしたか。

「始めべからざる戦争を始め、継続すべからざる戦争を継続して、今日の悲惨を招くに至ったのは、歪んんだ日本の教育にその一因がある。日本の教育改革が絶対に必要であることは、天下の世論である。その改革の方向は、たんに軍国主義、過激国家主義を払拭するのみではなく、なぜ軍国主義、過激国家主義に軽々しく染まったのか、その基礎を深く反省しなければならない。その反省には、日本的なものとかアメリカ的なものという区別はありえない。真の人類的な高邁な理想に基づいて進まなければならない。」

そして使節団に対してですね、「日本は過去における占領政策において極めて多くの失敗をした。朝鮮において、中国において、満洲において、南方においても然りである。それはその国の伝統と実情を無視し、自分勝手な政策を力をもって強いたからだ。わたくしは米国に対して衷心より日本の犯した失敗を、米国が日本に対して繰り返さないことを祈る」と、こういう挨拶をしてですね、使節団の団長が立ち上がって握手を求めたというような光景がございました。

戦後の教育基本法の制定にあたってはですね、田中耕太郎、天野貞祐、芦田均、南原繁、安倍能成、こういう人たちが担当したんですね。こういう人たちは戦争中、命をかけてリベラリズムの思想を守った人たちです。思想の幅は非常にあるけれども、その一点で戦争に対して非常に厳しい意見を持っていた人たちです。

リベラリズムの思想というのは、人間の尊厳を守り、魂の自立を支え、市民的自由が最大限確保できるように、社会的・経済的制度を模索して、社会的・政治的運動なり、学問の研究を展開することを意味しているんです。

田中耕太郎さんは、ファシズム国家も共産主義国家も、そして日本の軍国主義のもとにおける教育も、教育が国家に奉仕する目的とされたと、しかし教育はやはり国家の奴隷ではなかったんだと、述べられています。

したがって戦後にできた教育基本法は、一人ひとりの人間の人格を形成を目指して、平和的な国家と社会の形成者として育成する、ということになったんですね。

この田中耕太郎さんの意見についてはどう思われますか?

稲田:先ほどご答弁しましたように、教育勅語を戦前のように教育の唯一の根本理念として復活させるべきとはわたくしも考えておりません。国会の中で答弁してきましたのは、そのなかにも夫婦仲良くとか、兄弟仲良く、友だち仲良く、世界から尊敬される国を目指しましょうという部分において、今も普遍的なものはあるということであります。
また、教育勅語については、日本国憲法および教育基本法の制定等をもって効力が喪失していると承知をいたしております。

横路:いま田中耕太郎さんの話を紹介しましたが、やはり教育というのは国家の奴隷ではないんだと、一人ひとりの人間の人格を形成することなんだと、こういう点についてはどう思います?

稲田:教育はまさしく一人ひとりの人格を形成するものであるという点についてはまったく同意いたします。

横路:(資料:衆・参議員の決議から)
衆議院の決議(「教育勅語等排除に関する決議」 :参照リンクhttp://www.geocities.jp/nakanolib/etc/haijo.htm )は、「民主平和国家として世界史的建設途上にあるわが国の現実は、その精神内容において未だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。これが徹底に最も緊要なことは教育基本法に則り、教育の革新と振興とをはかることにある」と。

しかしなお今日もですね、その教育勅語が、指導原理としての性格を持っているかのように誤解されるのは残念だ、というようなことが書かれています。戦後のことでございますよね」

教育勅語の根本的理念が「主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる」ということで、教育勅語とはどういうものであったかがここに明確に、衆議院の決議としてあります。この点はどうですか? 教育勅語の根本理念というのは、あなたの言ったように親を大事にしようとか友達を大事にしようとかいうことより以上に、根本的理念がここにあるんだということを決議しておりますが、この点をどう思いますか?

稲田:先ほども申し上げましたように、教育勅語を戦前のように唯一の根本理念として復活させるべきなどということはまったく考えていないということでございます。

横路:つまり教育勅語はこの衆議院決議にあるような側面をもっていたと、それが戦争をずっと遂行させることになったという思いから、新しい教育基本法をつくろうということで、変えたわけでしょう。その点はご理解できますか?

稲田:教育勅語について、日本国憲法および教育基本法の制定等をもって法制上の効力が喪失していると承知しております。ご指摘の昭和23年の衆議院本会議における「教育勅語等排除に関する決議」では、「憲法第九十八条の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言」したものと承知をいたしております。

横路:そして今度は参議院の決議(「教育勅語等の失効確認に関する決議」:参照リンクhttp://www.geocities.jp/nakanolib/etc/shikkou.htm )ですね。参議院決議は「教育基本法を制定して、わが国家及びわが民族を中心とする教育の誤りを徹底的に払拭し、真理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念をおごそかに宣明した」と。しかし「教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかり、われらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にする」と。その当時の話ですよ。しかし残念ながら大臣のように、いまになっても教育勅語にこだわっておられる方がおられるわけですから。この意味わかります? (略)しかしいまなおその教育勅語にとらわれている人がいる、というのが1948年6月の参議院の決議なわけですよね。あなた今でもとらわれているんじゃないですか?

稲田:とらわれているということではなくて、その教育勅語の中に書かれているものの中には、今も普遍的な価値、すなわち親孝行、兄弟仲良く、夫婦仲良く、友だちを大切にする、高い倫理観で世界から尊敬される(国を目指す)などですね、そういうものはあると、いいものは残すと、まさしく不易と流行ということだという趣旨で述べたところであります。

いずれにいたしましても、教育勅語の解釈は防衛大臣の所管ではなく、お答えは差し控えたいですけれども、教育勅語を戦前のように唯一の根本理念として復活させるべきとは考えてはおりません。

横路:別にあなたに教育勅語の解釈を求めているわけではないんです。教育勅語というものが戦前の日本の社会の中でどういう役割を果たしたのかということなんですよね。親孝行とかなんとかは別に教育勅語を引かなくたっていいじゃないですか。わざわざ教育勅語を引用して、ご説明されるからですね、あなたの目指しているものはやはり教育勅語下の社会なんだということになるわけでしょう。

安倍内閣はですね、このあいだの施政方針演説の時に、次の70年間を見据えて新しい未来をつくろうという話をされたでしょう。

先ほどの出兵と言論統制の歴史(年表)を見てもらいたいんですが、戦前の70年間は、先ほども言ったように15回も出兵してるんですよ。4回戦争をやっているんですよ。そして表現の自由はここに書いてあるように、いよいよになりました。これは大日本国憲法下の71年ですよ。そして戦後の70年というのは、日本国憲法のもとにあって、一発の弾丸も打たず一人の戦死者も出さなかった70年でしょう。どっちの70年がいいんですか? つまりこれからの70年はどっちの70年を選択されます?

教育勅語というのは、その戦前の70年間の象徴なんですよ。それをあなたに分かってもらいたくて、わたくしはこういう質問をしているんですよ。


稲田:総理が所信の中でふれられていること、そしてご指摘のように戦後日本の歩みは、一つの国も侵略することなく、一つの戦争もすることもなく、平和で安定した国家を築いてきたと。世界で最も平和な国を築いてきたと、いう誇りを持って、気概を持って、いま現行憲法の下で、憲法が許す範囲において、日本が積極的に世界の平和にも貢献をしていく、そして力による変更ではなく、法と秩序、そして普遍的な人権や自由やといった価値観を共有する国々と協力をして、平和な世界を築いていこうという方針でございます。


横路:つまり、この70年間というのは誇るべき日本として、世界に誇るべき時代だったんですよ。先の70年というのは戦争があったりして非常に大変だった。人々の基本的人権も色んな制限を受けたということは年表に書いてある通りですよ。そうするとこれからの70年間も、昔に戻るんじゃなくて、今までの70年間の平和をベースとしてやっていかなくてはいけないと、いうことをあなたに伝えたかったわけであります。

戦争をするにはどんな体制が必要なのかというと、まず教育ですよね。教育勅語は1890年です。教育勅語のもとで子どもたちは天皇につくし、美しく散ることが唯一の価値だと教えこんだわけですよ。国家に奉仕して国家のために死ぬということのできるような人間をつくるということが、客観的に言うと教育勅語の果たした役割なんです。
それから同時に情報管理体制のための秘密保護法を制定してですね、国民に情報を提供しない、秘密を保護する、知ろうとする者には厳しく刑罰を科すという体制が出来てますよね。治安維持の体制であります。治安維持法もだんだん強化されて、戦争に反対する発言や行動はどんどん取り締まりをされていくんです。

私のところの北海道で綴り方教室の事件と図画事件というのがあります。釧路で行われた図画事件というのは、炭鉱夫の日常生活を描いた絵が今の社会を暗く描いているというので、治安維持法違反で教員が逮捕されてるんですよ。作文だって「お父さんがいなくなって大変だ」というような作文を書いただけで、これは戦争に反対してるというんで逮捕されているわけですよ、現実の問題として。
そして最後には国家総動員法の体制、その間テロやクーデターもあって、軍事国家になっていったわけですね。
この年表を見て、どのように考えられますか? 受け止められますか? 感想を聞かせていただきたい。

稲田:戦後70年の節目に総理が談話を出されました。その時もまさしく委員がご指摘にったように、軍部の暴走を民主主義がすなわち政治が止めることが出来なかった歴史については、しっかりと反省もし、さらに戦後の平和なあゆみについて誇りを持ち、そして我が国を取り巻くきびしい環境の中で、力ではなく、法の支配による平和の構築を目指さなければならないと感じているところです。【23:40】


(以下、後半へ)







■2017年3月16日 衆議院・安全保障委員会
横路孝弘議員(民進)の稲田朋美防衛大臣に対する質疑 文字起こし(後半)



動画URL:https://www.youtube.com/watch?v=uB4RDvB7T78&feature=youtu.be




(後半)

横路:大臣は従来、「日本はこれまで戦後レジームの中核をなす東京裁判史観に毒されているせいで、歴史認識について言うべきことを言わず、なすべきことをしてこなかった。むしろ言うべきでないことを言い、すべきでないことをしてきた」と言って、その典型が河野談話と村山談話だというように言われています。

今もそのお考えですか?


稲田:先の大戦についての認識は、平成28年(*平成27年の間違いか:編註)8月14日に閣議決定された内閣総理大臣談話http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html で述べられたとおりでございます。

防衛大臣として、そうした歴史的な事象についての独自の評価を述べる立場にはありません。その内閣総理大臣の談話のとおりだというふうに認識をいたしております。


横路:その認識はずっと持ち続ける認識になります? 個人の意見は別だけど今は内閣の一員だからそれに従っています、というご答弁ですか、今の答弁は?


稲田:わたくしは基本的に、70年談話で総理が様々な有識者の意見を聞かれてまとめられたあの談話の認識に、共通の認識を持っているということでございます。


横路:過去のご発言ではですね、南京事件と「従軍慰安婦」の問題を扱った発言がございます。

だいぶ世の中にも、まちがって河野談話などを受け止められている方がいるようなので、ちょっとご説明しますとですね、「従軍慰安婦」の問題というのは、かなり日本軍もあちこち拡がりましたから、それに伴って増えてるんですね。

陸軍省の課長会議の資料という、昭和17年(1942年)9月3日の資料を見ますと、中国の北支に100箇所、中支に140箇所、南支に40箇所、南方に100箇所、南海に10箇所、樺太に10箇所、合計400箇所に(「慰安所」が)あると言われているんです。

問題は強制したのかどうかということなんですが、オランダ女性慰安婦強制事件に関するバタビア臨時軍法会議の判決と、オランダ政府の報告書というのが出ています。これ正式の報告書です。

オランダは、第2次大戦後、オランダやジャワのバタビアをはじめ12箇所の臨時軍法会議を開設して、日本人および日本人に使用された外国人の戦犯犯罪を裁いたんですね。件数488件、人員で1038人、そのうち236名が死刑判決を受けています。うち10名は減刑になっています。

このうち強姦の起訴人員が10人、売春の強制が30人いるんです。オランダ政府の報告書は、約65人のオランダ人女性が強制的に売春を強いられたと結論づけています。

判決を見ますとですね、軍隊の責任者は、オランダ人の入っている収容所に行ってですね、女性を引っ張り出して、そして軍の慰安婦のところへ連れて行って、強制的にさせているわけですよ。その責任者も死刑になっていますよ、それは。

だから、「従軍慰安婦」の問題について、強制されたことはないとかね、河野談話はまちがっているということではないんです。河野談話はなにも韓国のことだけを言っているのではなくて、全体のことを言っている談話ですからね。それもですね、ぜひこれからよく調べて、軽率な発言をしないでください。

それから南京事件。南京事件はね、参考になるのは、石射猪太郎 (いしい いたろう)という当時の外務省の、今で言えばアジア局長のような立場にあった人の、『外交官の一生』という中公文庫がございます。それから彼の日記が国会図書館にございます。それをちょっと紹介しますよ。

「南京は暮れの一三日に陥落した。わが軍のあとを追って南京に帰復した福井領事からの電信報告、続いて上海総領事からの書面報告がわれわれを慨嘆させた。南京入城の日本軍の中国人に対する掠奪、強姦、放火、虐殺の情報である。憲兵はいても少数で、取締りの用をなさない。制止を試みたがために、福井領事の身辺が危いとさえ報ぜられた」

という話があって、1938年1月6日の日記に、

「上海から来信、南京におけるわが軍の暴状を詳報し来る。掠奪、強姦、目もあてられぬ惨状とある。嗚呼これが皇軍か。日本国民民心の頽廃であろう。大きな社会問題だ。

 南京、上海からの報告の中で、最も目立った暴虐の首魁の一人は、元弁護士の某応召中尉であった。部下を使って宿営所に女を拉し来っては暴行を加え、悪鬼のごとくふるまった。何か言えばすぐ銃剣をがちゃつかせるので、危険で近よれないらしかった。

 私は三省事務局長会議でたびたび陸軍側に警告し、広田大臣からも陸軍大臣に軍紀の粛正を要望した。軍中央部は無論現地軍を戒めたに相違なかったが、あまりに大量の暴行なので手のつけようもなかったのであろう、暴行者が、処分されたという話を耳にしなかった。

 当時南京在留の外国人達の組織した国際安全委員会なるものから日本側に提出された報告書には、昭和一三年一月末、数日間の出来事として、七十余件の暴虐行為が詳細に記録されていた。最も多いのは強姦、六十余歳の老婆が犯され、臨月の女も容赦されなかったという記述は、ほとんど読むに耐えないものであった。

 その頃、参謀本部第二部長本間少将が、軍紀粛正のため現地に派遣されたと伝えられ、それが巧を奏したのか、暴虐事件はやがて下火になっていった。

 これが聖戦と呼ばれ、皇軍と呼ばれるものの姿であった。私はその当時からこの事件を南京アトロシティーズと呼びならわしていた。暴虐という漢字よりも適切な語感が出るからである。

 日本の新聞は、記事差し止めのために、この同胞の鬼畜の行為に沈黙を守ったが、悪事は直ちに千里を走って海外に大センセーションを引き起こし、あらゆる非難が日本軍に向けられた。わが民族史上、千古の汚点、知らぬは日本国民ばかり、大衆はいわゆる赫々たる戦果を礼賛するのみであった。」 (以上のテキストは http://www.geocities.jp/yu77799/ishii1.html より参照させていただいた。なお、一部に横路議員の音読と異なる部分がある)

というのが、担当した当時の外務省のアジア局長の日記なんですよ。

大臣も南京事件に関わる一場面について裁判に関わられたことがあったようでございますが、全体として、まあ人数が何人だったかということについては色々議論があるにしてもですね、やはり大虐殺が行なわれたということは事実なんですよ。そこを否定してしまったら、それは一人の国会議員としてもですね、はやり大事なことなんで。南京事件と「従軍慰安婦」について過去ずいぶん発言されていますからですね、こういう資料にもとづいて提起をして、そのことをまた改めて、もしあれでしたらこの本を読んでみていただきたいと思いますが、感想はどうですか?


稲田:先の大戦についての認識は、平成27年8月14日に閣議決定された内閣総理大臣談話で述べられているとおりでございます。防衛大臣として、今先生がお述べなった個別の事象についての独自の評価を述べる立場にはありません。

なおわたくしも弁護士時代から客観的事実が何かということをもとに訴訟もしてきたということでございます。


横路:まあ訴訟もやっておられるということを知ったから、聞いたから、南京事件のことをお訊ねしたんです。

それで、戦後の自衛隊というのは、やはり戦前の軍隊の反省に基づいて、それを教訓として今日までやってきているわけですよ。それで防衛大臣として、戦前の日本軍の、あるいは日本社会の一番のまちがいというのは、どこにあったと思います?


稲田:先ほど述べました総理談話を出すにあたっての有識者会議などでも述べられておりましたけれども、旧憲法下においては、統帥権独立として軍の作戦などに関する事項について、内閣や議会の統制のおよび得ない範囲が広く認められておりました。同じく旧憲法下において、一時期を除き、軍部大臣現役武官制として、陸海軍大臣は現役軍人でなければならなかったため、事実上、軍の意向にそわなければ、軍がその大臣を引き上げたりするなどして、内閣が成立せず、軍の賛成がなければ、国策を立てたりこれを遂行することができなかったことなどから、軍が不当に国政に影響を与えていた、すなわち、政治の統制が利かなかったと、いうところに非常に問題があるというふうに思います。


横路:それは今大臣がお答えになったとおりなんですよ。ようするに政治が軍部をコントロールできなかったわけですよね。統帥権は本当にもう、軍の行使、例えば作戦やその他についてですね、議会に対して責任を負わない、議会に対して説明をしなくてもいいんだと、こういうことがやはり一番大きな問題だったわけです。それから今言った軍部大臣現役武官制というのもありますよ。これも大きい問題なんですよ。

それに関連して少し話は飛ぶんですが、自民党の憲法改正案の中に、66条の2かな。今の憲法には、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と書いてありますよね。自民党の改正案は、「内閣総理大臣及び全ての国務大臣は、現役の軍人であってはならない」ということで、退役した人間ならいいように変わっていますよね。

つまりこの66条の2項というのは、戦前の日本社会、政治が軍部のコントロールができなくて、軍部によって支配されたという反省のもとに、できた規定なんですよ、この(現行憲法の)66条の2項は。それを(自民党改憲草案は)変えてしまった。

つまり、今総理大臣の談話を引用されたけれども、さっぱり反省していないんじゃないかと思いますが、この自民党の改憲案についてどう思いますか?


稲田:今、自民党の憲法草案の解釈をする立場にはありません。現在、憲法に関する議論については、国会に憲法審査会が設置されており、新しい時代にふさわしい憲法のあり方について、各党の参加のもとで幅広い合意を求めて真摯な議論が行なわれ、広範かつ十分な国民的議論が盛り上がることを期待しております。その上で、やはり戦前の反省に立てば、しっかりとシビリアンコントロールが効くという体制でなければならないと考えております。


横路:じゃあそのシビリアンコントロールが本当に効いているかどうかということで、先ほど来議論のありました、南スーダン派遣施設部隊日報に関する経緯という資料がありますよね、お渡ししました。これを見て率直に私が疑問に思ったことを2、3お訊ねいたします。

一つはですね、まず情報開示請求は9月30日に防衛省に開示請求が出たわけですよね。それが10月2日までには日報破棄となっていますけれども、この日報の破棄というのは、情報開示請求があってからやったんですか、その前にやったんですか? これは必ずしも明確でないのでお答えいただければと思います。質問の意味、わかりますよね。


稲田:この日報が1年未満、用済み後廃棄という取り扱いになっていたため、日報を作成した施設部隊において、その日報を作成し、そしてそれを中央即応集団に報告をして破棄をしていたと、いうふうに認識をしていたところでございます。


横路:この資料を見ると、10月2日までに日報破棄となっているんですよ。だからこれは、今大臣がおっしゃったようなことではなくて、開示請求が出たから破棄したんじゃないですか? そして情報開示請求の正式受領は10月3日となっています。しかし出しているのは9月30日なんですから、防衛省はわかったでしょう、開示請求来たよと。それで10月2日までに全部破棄して、13日に情報開示請求を受理したように形を整えたんじゃありませんか?


稲田:本件日報のように保存期間が1年未満とされて、短期間で用済みとなって廃棄される文書については、文書管理規則上、廃棄した期日を記録することとはされておりません。その上で申し上げれば、昨年7月7日から12日までの日報は、文書管理者である中央即応集団司令部防衛部長のもと、昨年10月3日の開示請求日より前に、適切に廃棄されたとの報告を受けております。その上で、昨日のNHKの報道があり、この一連の情報開示請求にかかる日報の取り扱い等について、事実関係を徹底的に調査をするということでございます。


横路:それはいいんだけれども、9月30日の開示請求が出たから、あわてて消したんじゃないんですかと言っているんです、この日付見たら。そして10月3日に正式受理となっていますよ。答弁は10月2日までに、わざわざその前の日の2日までに破棄をしましたとなっていますよ。
わからなければ後で調べて報告してくれれば結構ですが、それでよろしいですか。


稲田:今の日付の件も含めまして、その点については確認をします。答弁の確認をいたします。その上で、昨日の報道を受けて、この間の事実関係についてはしっかりと事実調査をするということでございます。


横路:10月3日に開示請求を受理してから、開示をしませんよという決定が12月2日ですよね。なぜこんなに、2ヶ月もかかるんですか? まあ7000頁あったなんて言っていますが、7000頁あったって何人かでやればこんなにかかることないんじゃないですか? だいたい2ヶ月くらいかかってますよ。どうしてこんなに時間がかかったんですか? 理由を説明してください。


稲田:情報公開法上、30日以内、そして業務の都合で一回延期ができると、いうふうになっているかと思います。
年間で4500件ぐらいの情報開示請求が防衛省に参ります。そして今回公表したものでもそうですけれども、100日分の日報一件で7000頁の日報ということもあるわけであります。今回、業務の都合上、一回延期をして12月2日に回答をしたということでございます。


横路:それはたくさんあっても何が重要かというのは判断するわけでしょう、国会だって始まるわけで、色々と議論もされるだろうと。2ヶ月もかかったというのは私はよくわかりませんね。人数が足りないとかそういう話ですか?
それからもう一つですね、大臣のほうから再調査を指示したのは12月16日で、その結論が出たのは12月26日ですよね。報告があったのは1月27日で、まあ年末年始をはさんでいますが、1ヶ月かかってる。これもどうしたなんですか?


稲田:12月16日に規則にしたがって日報は破棄のため不開示にしたという報告を受けましたので、わたくしはどこかにあるのではないかと、そして、あればそれを公表するようにと指示をしたところでございます。
今ご指摘のように見つけたのが12月26日で、わたくしに報告したのが1月27日で、その間1ヶ月もかかったというのは、わたくしもたいへん時間がかかりすぎだと思います。その点については厳しく指導し、そして完全なものでなくても、すぐに事実を報告するようにと指示をしているところでございます。


横路:大臣はどうして「どこかにあるんじゃないか」と思ったんですか?


稲田:まず最初に思いましたのは、日々苦労して作っている日報を本当に破棄したのかなという素朴な疑問です。さらには、電子データということなので、どこかにあるのではないかと、まあ弁護士としても、さらには一国民としても、経験則に照らしてそう思い、そして捜索してあれば公表するようにと、指示をしたということでございます。


横路:大臣がそんなに関心があるんならばですね、これ1ヶ月も待たないで、どうなったんだと催促するのが普通じゃないかと、関心が本当にあったんだろうか、ということを言う方がいますけれども、どうなんですか?


稲田:その間年末年始、さらには海外視察・出張が3回入っていたところでございます。わたくしも「あの日報どうなったのかな」と思いながら、そして1ヶ月がたって報告を受けたということでございます。まあそれだけ捜索に時間がかかったのかなと、当時は思ったところでございます。


横路:戦前からの教訓として、文民統制、つまり政治が軍事をコントロールすることが一番大事だということになりましたよね。だから今防衛省の中は文官と軍官の人間がいるわけで、コントロールするのはあなたが責任を持ってやらなければいけない仕事なわけなんですよ。非常に重要な仕事なわけです。

今質問した点、特に情報開示請求の受理から不開示決定まで2ヶ月かかったことも、どうしてそれだけかかったかですね、他を優先させて後回しになったせいなのか、人が足りないせいなのか、それも一緒に分析してください。受け取ってからあなたに報告するまで1ヶ月かかっているということだってですね、これを大臣に上げていいかどうかということまで、あまり忖度してやるとですね、結局それはまちがえるんですよ。

これ持っていったら総理大臣はいい顔をしないんじゃないかなんて情報を上げなかったら大変でしょ、これは。同じことが防衛大臣にも、この情報を防衛大臣に持って行ってもどうかな、大臣はわからないかもしれないからやめちゃおうかななんてことになると困るわけですよ。

だからそこはしっかりですね、とくに2015年ですか、法改正があって、文民よりもむしろ軍人が色んなものとの決定について力を持つように変わったと、運用計画か、運用計画の作成義務が統幕に移って、防衛省の中で文官の発言力が少し低くなったということも言われているわけなので、しかり今回の日報の問題については、色々な指摘をされている諸問題についてしっかり整理をして、そして結論を出して、その上であなた自身は自分の責任をどうするかということをお考えください。


稲田:今委員からご指摘のあった、まさしくシビリアンコントロールの問題、さらには昨日のNHKの報道を受けて、防衛省・自衛隊に、仮に隠蔽体質があるとすれば、そこはしっかりと改善して参りたい。そのためにもまずは事実関係の調査を徹底的に行ないたいと思っております。


横路:時間ありませんが、最後にですね、今回の北朝鮮の事態について、同盟調整メカニズムを活用して日米間で緊密に連携してやっていくんだと、いうご答弁がありました。
同盟調整メカニズムのベースは、共同運用調整書、これは日本側も米軍側も軍人どうしですよね、それから各自衛隊の部隊ですね、それの調整書というようにあります。こういう機能が作動していると、作動させたということなんですか?


稲田:新ガイドラインのもとの同盟調整メカニズムは、平時から緊急事態までのあらゆる段階における自衛隊および米軍の活動にかかる政策面、運用面の調整を強化し、適時の情報共有、共通の情報認識の構築・維持等をはかるものであり、平時から利用可能なものとして調整の必要が生じた場合に、適切に即応できるようにいたしております。

今般の北朝鮮の弾道ミサイル発射に関しても、日米間では同盟調整メカニズムを活用しながら緊密に連携をしているところでございます。


横路:つまりこれはもう設置されたわけですね。一番の基本となるものなんで。
もう一つ。共同計画の策定という課題もあるんですが、それも具体的に作動に入っているんですか?


稲田:同盟調整メカニズムはすでに設置をされ緊密に連携しているところでございます。また共同計画についてですが、新ガイドラインのもとで日米両政府はわが国の平和と安全に関連する緊急事態に際し、自衛隊と米軍がより緊密に連携して適切に対応できるよう、それぞれの政府の関係機関を包含する共同計画策定メカニズムを活用し、平時から共同計画の策定・更新を行ない、その成果を最大限活用することといたしております。

なおこの計画の内容等の詳細については、事柄の性質上お答えを差し控えます。


横路:やがて(米国の)国務長官も来ますし、2プラス2も行なわれるわけでしょう。アメリカのほうは、対北(朝鮮)政策の見直しをやっていましたよね。その結論がだいたい出てる頃で、それを持って来られるんじゃないかと思うんですね。そのテーブルには武力行使から対話まで幅広くあるということなわけです。

やはり、何とかですね、平和的に解決できる努力を防衛大臣としてもしっかりやってもらいたい。(米軍が)武力行使をしてそれに自衛隊が協力するなんてことに絶対にならないようにですね、その点を申し上げて私の質問を終わります。ありがとうございました。

(以上)