書 評

小坂太郎
『西馬音内盆踊り――わが心の原風景
 

*品切


◆『望星』 2002年12月号
  詩人の心に残るふるさとの踊り
                                   評者=亜沙ふみ郎

 
西馬音内は秋田県羽後町の一地区である。秋田県中部の、田園に囲まれたこの小さな街に、日本三大盆踊りの一つが、国指定無形文化財として踊り伝えられている。8月下旬の三日間に行われるこの盆踊りは、郡上の盆踊りや八尾の風の盆以上に評価する識者もいるほどだが、知る人ぞ知る盆踊りなのである。

 秋田は踊りの大好きな県といわれる。たくさんの村や町で昔からたくさんの踊りが伝えられ、いまも踊られている。西馬音内もその一つである。本書は、その地に生をうけ、そこに深く根ざした盆踊りという文化を探り、保存と復興に力を尽くしてきた詩人の熱い思いの集大成ともいえる。

 著者は、西馬音内という米作りの里になぜこの盆踊りが伝わったのかという風土と文化の関係を問うことから始める。次に盆踊りの系譜を、民俗資料を手掛かりにたどる。そして踊りには、古い立派な系譜を付けることだけが大切なことではなく、民衆の中で長い時間をかけて守り育てることこそが最も大切なことで、民衆の文化とは稲を育てることに通底していると結ぶ。

 米どころであるからこそ、この踊りがある。その担い手は、いつも時代の底辺に押し潰されてきた女たちである。飢饉のときには身を売られ、家長制度の陰では暗黙を強いられ、過度音労働と貧しさに夭折する北の女たちである。

 明滅する篝火の中に、内なる願いと祈りを込めて踊る北の国の女たちに注がれる筆者のまなざしは、限りなく優しく、そしてふるさとへの思いは限りなく深い。

 だが、この数年の大観光地化の波は、時代のルックスばかりを強調するあまり、盆踊りという影の部分を消し去っていくと詩人は悲痛である。

 詩と美しい踊りの写真が挿入された推薦の書である。 ()





◆『日刊ゲンダイ』 2002年10月26日
千年の闇を舞う西馬音内盆踊りへの熱い思い



 「トントロンコ、ドドロンコ……」。寄せ太鼓の音が幼子の胸に響く。家々の門口でたく火が道を照らし、異境へと招き入れる。この町では踊ることが自然のならわし。秋田県雄勝郡羽後町西馬音内。この地に生まれ、盆踊りに心の原風景を見出した詩人が、その系譜を探り、踊り方を記録し、踊りへの熱い思いをつづっている。

 西馬音内盆踊りは富山県八尾の風の盆、岐阜県郡上八幡の八幡盆踊りとともに、日本三台盆踊りの一つと評される。宵の口、踊りは浴衣姿の子供たちから始まり、夜がふけるにつれ、熱を帯びた大人の世界になるという。

 濃い藍染めの浴衣や色とりどりの端布をつなぎあわせた「端縫(はぬ)い」衣装、靴みがきや頭巾をかぶった北国の女たちが、かがり火に照らされ、千年の闇を舞う。挿入されている数葉の写真で見るその踊りは、風に揺れる稲穂のようにたおやかで、故郷を持たない者の心にもしみてくる。





◆『朝日新聞』 2002年9月21日
心の古里「西馬音内」 踊りへの思い一冊に 

 秋田を代表する盆踊りの一つ、羽後町の西馬音内盆踊りの保存に携わってきた同町橋場の小坂太郎さん(74)が「西馬音内盆踊り わがこころの原風景」と題する本を出版した。「飢饉と貧困に苦しむ西馬音内の農民。その中さらに厳しい扱いに耐えた女性の悲しみや苦しみが、底深い優しい踊りに秘められている」。生まれ育った故郷の踊りへの思いを込めてつづっている。
 西馬音内盆踊りは71年に文化庁の「記録作成などの措置を講ずべき無形民俗文化財」に指定された。これを受けて73年、保存会が「西馬音内盆踊り記録」をまとめた。小坂さんはその時の編集長。ただ、これは口伝や諸説を忠実に紹介した公式記録で、小坂さんの思いは出せなかった。
 今回刊行した「わがこころの原風景」では、古文書やお寺の過去帳を調べ、飢饉に苦しむ西馬音内の村の悲劇や、貧困のため売られていく女の子の悲しみもつづった。小坂さんの実家だった「伊勢履物店」の3人の叔母の盆踊りへの深い思いも回顧している。
 また、西馬音内盆踊りの系譜やかたち、うた、囃子などを解説。35年に東京で開かれた全国郷土舞踊民謡大会の東北代表になった時、西馬音内の女性が中心となって、それまでバラバラだった踊りの型や、そろいの衣装を決めるなど現在の原型が作られたことを「盆踊りルネサンス」と表現した。独特の烏追い笠や彦三頭巾で顔を隠すのは、歌舞伎の黒衣説や日よけの黒布説がある中で、「自分を消して、先祖の精霊にすり替わる行為」だと見る。
 小坂さん自身の思いが表れているのが「光と影」。「月光と篝火だけの明かりの時代にあった『影』が、現在は見えにくいのである。観光の波に洗われ、科学技術文明のルックスが高まるにつれ、影の部分はすっかり弱まり、無視されるようになって来た気がする」
 小坂さんは小熊秀雄賞受賞の詩人でもあり、自作の詩9編も納めている。





◆『秋田さきがけ』 2002年8月14日
  起源や風土を考察

 ……子どものころから深い愛着を抱いてきた西馬音内盆踊り。その追想を交えながら、踊りの起源や態様、踊りをはぐくんできた風土性などを考察している。
 また、昭和10年の全国郷土舞踊民謡大会を機に素朴な踊りが現在の形に再創造された歴史や、かつて永六輔氏が富山の越中おわら節と岐阜の郡上八幡盆踊りに並ぶ日本三大盆踊りと評価し、岡本太郎氏は生命の燃焼とエロスの美を見だした挿話も盛っている。

 西馬音内盆踊りの魅力について著者はこう記す。

 「エネルギッシュで活気と野趣にみちた囃子の『陽』と、優雅に洗練された振りの『陰』。編笠と端縫い衣装の妖艶な現世的な美と彦三頭巾の神秘的で非現実的な美。明るく弾み歯切れの良い音頭の『明』と、しっとりと哀調と陰影をおびた甚句の『暗』。そうした対比・対立が、絶妙な対称の美を織りなす要素となっている」

 そしてその「妖しい美しさ」を「この地上に存在する、悲しみや苦しみの対象と一体化することのできる感受性、慈悲ともいえる底深い優しさの形象化から、生まれてきたものにちがいない」と凝視する。

 伝統芸能に対する通り一遍の解説を超え、詩人ならではの感性でとらえた文学性の香り高い"西馬音内盆踊り〈私論〉"である。

 著者は小熊秀雄賞受賞者。現在、日本現代詩人会会員、西馬音内盆踊り保存会顧問、「さきがけ詩壇」選者。





◆『毎日新聞』 2002年8月19


 ……約700年続くといわれ、71年には国重要無形民俗文化財に指定された西馬音内盆踊り。にしぎやかでつやっぽい音頭と、地を擦るような静かな踊りの「危うい調和」が特色で、顔を隠す編み笠、色鮮やかな端縫いの衣装、亡者を思わせる黒の彦三頭巾が幻想をかきたてる。

 しかし、かつて門外不出とされた盆踊りの記録は皆無に等しく、起源や沿革については言い伝えに頼らざるを得ない。343編もの秋田民謡を採録した、菅江真澄(江戸後期の民俗学者、1754〜1829)の編著『鄙廻一曲』にも記載はなく、作業は難渋を極めた。
 それでも、膨大な古文書を探索。繁栄した院内銀山(現・雄勝町)の「銀山踊り」、藩制時代の要衝・植田村(現・十文字町)の「植田盆踊り」との類似性などを解明し、スリリングだ。

 同著は、西馬音内盆踊り保存会編の「西馬音内盆踊りの記録」(73年刊)をベースに新谷書き下ろし、幼いころの思い出を「原風景」として加筆した。巻末に、踊りの所作を自身のイラストで解説。グラビアのカラー写真は胸を突く美しさで、各章末に既発表の詩、計9編を再録した。