書 評
小林美希 著 ルポ 正社員になりたい』                 
                                              *品切

 

◆『東京新聞』 2007年6月21日

 キャリア、人生設計どころか1〜3カ月先さえ分からぬ弱い立場の派遣社員。妊娠解雇や企業の社会保険加入逃れのための“3年ルール”、偽装請負。雇用好転でも、既卒者の正社員採用はノー。景気回復の裏で、労働市場の規制緩和の犠牲にされた者たちの声を聞け! 経済界の言いなりの政府、非正規雇用拡大で人件費削減のうまみを覚えた企業、かたや就職氷河期に卒業、とりあえず派遣となって低賃金と過酷な労働条件を強いられているのが今の30代前半。個人の能力・努力の問題などには到底帰せない構造的問題を同世代記者が斬る。




◆『毎日新聞』 2007年7月15日

 日本の社会の経済格差は拡大しているか否か、についての橘木俊詔(肯定)、大竹文雄(否定)論争の方向を一変させたのが、『エコノミスト』2005年3月22日号の特集「娘、息子の悲惨な職場」であった。派遣労働者、請負……正社員になれない400万人をこえる若者の姿をクローズアップさせたのである。以後5回『エコノミスト』はこの特集を組んだ。企画を提案し、いずれにも執筆したのが本書の著者である。最近出た第6集にも書いている。感心したのは、連載をたんに集めたのではない。新たに調査をし、それを本にしている。問題の中心は規制緩和という名の“戦後労働政策の崩壊”である。自らも非正社員であった著者は、法の裏をくぐる企業と蟻地獄の現実に怒りをぶつけている。(鷺)




◆『人材ビジネス』 2007年7月号

 人間らしく働きたい 若者の切実な声集め

 「社会が悪いなんて言わない。でもせめて、現状から必死で抜け出そうとしている時に、道は残しておいてほしい」――。

 こうした若者の思いが、著者の執筆の原動力となった。

 本書は、著者が非正規社員として在籍した「週刊エコノミスト編集部」(毎日新聞社)で、自ら半年間にわたり上司へ企画の提案を続け、5回特集された若者の雇用問題「娘・息子の悲惨な職場」を基に、非正規雇用の現場にいる若者や専門家などに調査し、実際の経験を聞き集めたルポルタージュだ。

 「イヤなら辞めればいい」「こんな条件で働いているほうが悪い」など、非正規で働く若者に大人たちが向ける言葉に強い疑問を感じ、同じ非正規で働く著者が、こうした若者と同じ目線で記事にした。

 「新卒採用が改善」「転職市場にも明るい兆し」といったマスコミ報道に隠れ、この問題もすぐに忘れられてしまうかもしれない。だからこそ、彼女・彼らの経験を無駄にせず、個人の生活を活字にしていきたい。自身も「失われた世代」の一人である著者が、こうした若者たちの声を集めた力作だ。




◆『ダ・ヴィンチ』 2007年7月号

 労働人口の3割が非正規雇用者という時代。一気に進んだ規制緩和の陰で、過酷な労働条件に苦しみ、人間らしい生活を奪われている人が激増している。多くのマスコミがこの問題を取り上げる以前から、現場に足を運び取材を重ねてきたジャーナリストによる渾身ルポ。(松)




◆『ふぇみん』 2007年7月15日

 超がつくほどの就職氷河期に学校を出、社会に放り出された若者は「とりあえずバイト」「とりあえず派遣」となり、その多くは景気が回復したといわれる今でも不安定雇用のままである。
 「派遣」「契約」「請負」といった不安定雇用に押しやられている女性たちのインタビューを中心に構成されたルポルタージュ。
 著者も「貧乏くじ世代」のひとりで、雑誌「エコノミスト」で若者の雇用問題を企画し、取材を始めた。昔の「寿退社」は「妊娠解雇」に姿を変え、福祉業界の仕事は今や高卒女性の憧れの仕事になり、新卒で派遣も当たり前になっている。
 “一度道を踏み外したらもう戻れない”と絶望感を抱えて理不尽な待遇にひたすら耐える世代の言葉に、著者はじっと耳を傾け、同じ目線で問題を追う。グローバル化の中での労働政策が、個人の生活や人生をいかに変えてしまうか、その背景を丁寧に織り込んでいて理解も深まる。自己責任論に絡め取られている世代にも、娘や息子を心配する親世代にもおすすめ。学校や就職・転職サイトでは教えてくれない情報を得て、力にしよう。




◆『図書新聞』 2007年8月4日

 非正規雇用の現場からの悲痛な叫び

 今メディアでは「格差」という言葉が大きく取り上げられ、その様々な現状が伝えられている。その中でも若者の雇用問題は深刻だ。現在回復傾向にある大卒就職率だが、2003年には、過去最低の55・1%を記録している。更にその年の20〜24歳の失業率は、9.8%となっていた。また15〜34歳の非正社員数は、1990年の183万人から2001年には417万人に増加している。そして、非正社員から正社員になる割合は、90年から01年には37・8%が29・4%に8・4%の低下をしている。しかし財務省の法人企業統計では、企業収益(経常利益)が、01年に底を打ち、03から06年度は連続最高益の記録を更新し続けている。そこから見えてくるのは、企業収益が上がっているにも拘わらず、正規社員が増加しにくくなっている傾向だ。

 バブル経済崩壊後、不況が続く中、企業がその経営を持ち直すために行ったのは、構造改革と呼ばれる人件費削減であり、それは人員削減、雇用抑制という手段だった。そしてそのために政治と経営側が一体化した規制緩和が行われ、派遣法の改定による、“多様な働き方”というかけ声の下、正に「労働ダンピング」が進められてきた。つまりその収益は、雇用調整によって得られたともいえる。限りなく狭き門となった正規社員の道から、多くの若者が職を求め、低賃金でも、不安定でも「仕事に就ければいい」と非正規雇用の待遇を受け入れざるを得ない状況がつくりだされたのだ。しかしそれならば、その増加している企業収益はどこに還元されているのだろうか。大手企業の役員報酬が増加しているというデータがある。しかし派遣労働の現場では、その主旨から逸脱した労働や法律の穴を突いた働かせ方、細切れ契約、三年雇用後の直接雇用を回避するための「三年ルール」と呼ばれる解雇、妊娠による解雇や子どものいる女性への差別といった様々なセクシャルハラスメントなど、多くの痛みが溢れている。経営陣は「世界的な競争に生き残るために」「会社が潰れてしまえば多くの従業員が路頭に迷う」と、反論を許さぬような言葉を浴びせ、現場で働く人々を犠牲にしても、結局、利益が出たとき、その苦労を直接引き受けている人々に還元することはないのだ。

 本書がこのような大局的な状況について描き出せるのは、著者自身も、75年生まれで“就職氷河期”を経験し、契約社員の経済記者として様々な現場を見てきたからだ。しかし本書は、大局的な情勢を追うだけではなく、その大局の中での個の叫びを丹念に掬い上げている。

 理工系やワインの知識を持つ人、ウェブデザイナー、翻訳、接客業、ケアなど専門的な知識を生かしたい、伸ばしたいと模索している人たちが、契約社員という待遇でもと仕事に就いたものの、契約先、派遣業者の都合によって、身体や精神をボロボロにされながら働いている現実――その現実を見ていると、「専門性という〈鎧〉」や「仕事への過剰な思い入れからの脱却」という先への提言も重要だが、今、ここに対処するための具体的な方法の必要性を痛感する。多くの人が現状を知り、声を上げ、今、ここを打破するためにも、現在も続く企業の雇用における法律違反を糾す作業、新たな法の要請、またその動き自体を支えるための視座の共有が求められている。(A)




◆『出版ニュース』 2007年8月中号

 今や労働者の3分の1を占める派遣や請負などの非正規雇用労働者はフリーターと呼ばれ、「怠け者」や「やる気なし」などとネガティヴに捉えられることも多い。だが、就職率55・8%という超就職氷河期の2000年3月に大学を卒業し、苦しい就職活動、その後に派遣や契約社員を経験した著者は別の見方をしている。それは第1章と終章に詳しいが、企業が人件費削減を大きな経営課題として従業員の「非正規社員化」を進め、さらにその流れを加速する財界の後押しを受けた政府の規制緩和の実施という構造的問題があったと指摘している。非正社員化をすすめた企業の株価が上っているという事実も記されているが、これこそ日本経済の景気回復が非正規雇用の活用によってもたらされたことを示す証拠であり、経済誌の記者経験をもつ著者ならではの分析である。また、非正規雇用労働者の実態と正社員になりたいという真摯な声が心に痛い。




◆『ZAITEN』 2007年9月号 著者インタビュー

 格差の象徴として各メディアで取り上げられている「若年雇用問題」。年々増え続ける非正社員の数は働く人の3分の1にものぼる。そして派遣社員を斡旋する企業などを合わせると、その市場規模は10兆円とも言われている。しかし偽装請負、社会保険加入逃れ、細切れ契約など問題も後をたたない。

 本書『ルポ 正社員になりたい』は4年以上の年月をかけ、500人以上を取材して書き上げたルポルタージュだ。

 著者が雇用問題について取り組み始めたのは02年から03年にかけて。この時期は企業収益がV字回復になり、株式市場を中心にマーケットが不況脱出を期待し始めたころだ。デフレ経済も終焉を向かえ、日本経済が再び成長軌道に乗って行くかに見えたが、気になることがあった。この利益回復は、ただ単に人件費を削減したリストラによるものではないか……。

 「当時はまだ、フリーターは仕事を選り好みしているだけだ、親に甘えて自立しない“パラサイトシングル”だ、というような若者バッシングが巻き起こっていた時期。企業のV字回復の裏に、疲れた若者が多いことに気づいた。その原因は何だろう? そう思ったことがキッカケです」

 当時、毎日新聞『週刊エコノミスト』の契約記者をしていた著者も、就職氷河期世代。同世代の中で非正社員が大幅に増加し、正社員と同じ仕事や責任を負わされているにも関わらず、低賃金と不安定な雇用、立場を同じくした若者を取材していく中で、雇用調整のしわ寄せが中高年だけでなく、若者にもきていると感じた。その原因と実態について本格的に取材を進めていくことになる。

 「取材を通してしることは衝撃の連続だった。偽装請負に妊娠解雇、細切れ契約……。挙げればキリがないほどの悲惨な雇用形態。これを同じ目線から伝えるのはジャーナリストの使命だと感じた」

 及び腰だった編集部を何とか説得した若者雇用の問題は、『週刊エコノミスト』誌上で好評のシリーズとなった。その取材を基に、取材相手の心中にさらに迫った本書。

 「若者雇用の問題や格差を取り上げる記事が最近は多いが、きちんと取材活動を行わないで書いている記事が目立つ。そして、格差そのものが悪い、貧困が悪いと論点がズレてきているのも事実。努力しても乗り越えられない構造や、同じ職場で同じ仕事を任され、同じ責任があるのに格差が出来ていることが問題」

 ジャーナリストとしての使命を、文字通り体をはって具現化してきた著者。

 「取材を通じて相手の立場に立って考えるという、人間として基本中の基本に立ち戻ることが大切と痛感した」

 そう話して、著者は再び現場に飛び出していった。